独立行政法人国立病院機構指宿医療センター

月アーカイブ: 1月 2013

指宿 菜の花通信(No.40)「田舎医者の流儀(15)・・・お正月」

今年は70回目のお正月だ。あと何回迎えられるか、これから一回一回を大事にしたい。子供の頃、お正月は楽しみだった。おいしいものが食べられ、服の新しいのを買ってもらえた。なによりもお年玉がもらえた。都会にいる叔父さんが帰ってくると、当時の田舎の標準的額より多くもらえるので楽しみであった。それこそ「もういくつ寝るとお正月」という気持であった。お年玉を大事にとっておいて、8月に行われる隣町、枕崎の港祭りに行く事が楽しみであった。

いつの頃か、忘年会をバタバタとすませ、正月を迎えるようになった。特に、医者になってからは日常の忙しさに忙殺され、過ごしてきた。少ない人数で臨床をやっていたので、鹿児島を離れるわけにいかず、家内が子供たちをつれて熊本の実家に帰えるときは、一人ホテルに泊まったこともあった。そんな時、知り合いのホテルの仲居さん達に「また先生は一人ぼっちな」と冷やかされ、お雑煮を食べさせてもらったこともあった。

昭和49年に、我々の循環器グループは二人でスタートした。消化器内科の中で循環器を専門にするといっても、循環器病の患者さんはどこにもいない。循環器病を勉強に行った久留米大学第三内科には循環器病の患者さんであふれていたのにと思いながら思案にくれた。冷静に考えれば、私はその時30歳、医者になって未だ5年、循環器病の研修を2年受けて、それで循環器部門を立ち上げ、私がチーフですと言っていた。患者さんを送ってくださいと言っても世間は30歳の若造医者が何を言っているのだと思っていたのかもしれない、今思えば、そう思われて当然と思う。しかし、ただただ、循環器病の患者さんを何とかしたいと思う「情熱」しかない若造医師には世間の目など、何も見えなかった。

何とか患者さんを確保しなければならない。ある時、胸部の検診で間接フィルムを見ていた先輩Drに「これは心臓が大きいね」と尋ねられた。これが縁になり、この年に撮影されていた約5万枚の間接レントゲンフィルムを見せてもらう事になった。このフィルムを昭和50年の正月休みの間に見た。中心陰影(心臓の影の部分)を見ていくのでスピードは早い、早すぎると眼振が起こって気分が悪くなる。それでもなんとか読み終えて、患者さんに受診して頂くように手紙を書いた。そのうち、100名位が弁膜症、先天性心臓病のため精査が必要であった。

我々の初期の症例はここからのものである。精査の結果手術が必要な方も出てきた。考えてみれば、30歳の若造医師の診断を信じて、よくぞ手術を受けて頂いたものだと思う。しかし、その後40年変わらず私を訪ねて頂く方もいる。ありがたいことだ。

平成25年1月16日

 国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦

当院について 院長あいさつ ロゴマークについて 新病棟のご紹介 病院の理念 病院概要 地域医療支援病院 鹿児島県がん診療指定病院 開放型病院 指宿医療センターヘリポート 臨床研修 地域医療研修センター 情報公開 個人情報ファイル管理簿 文書ファイル管理簿 「情報公開・個人情報保護総合案内所」に関する広報 法令違反に関する外部からの通報手続きについて 節電行動計画 バリアフリー情報 出前講座 絵画展示のご案内 イベントカレンダー DPCデータによる当院の病院指標 平成27年度 病院指標 平成28年度 病院指標 ボランティア募集 新病棟建設工事の進捗状況 医師募集
診療科紹介 消化器科 循環器科 総合診療内科 小児科 外科 泌尿器科 産婦人科 麻酔科 眼科
部門紹介 看護部 看護部の概要 教育体制 看護単位(病棟)の紹介 薬剤科 治験管理室 診療放射線科 研究検査科 栄養管理室 リハビリテーション科 医療安全管理室 地域医療連携室 ひなぎく病児保育室
外来のご案内 外来を受診される方へ 外来案内図 今月の外来担当医師 文書料および予防接種料 セカンドオピニオン 人間ドック 専門外来担当医師・診療時間 物忘れ外来 母乳外来 遺伝カウンセリング外来
入院のご案内 初めて入院される方へ 病棟案内図
コラム 目の前で人が倒れたら? 子どもの病気について 月経困難症について 女性ホルモンと骨粗しょう症について これからママになるみなさんへ たばこの害について
お知らせ アクセス お問い合わせ 採用情報 プライバシーポリシー サイトマップ
独立行政法人国立病院機構指宿医療センター
891-0498 鹿児島県指宿市十二町4145
【電話】
0993-22-2231 【FAX】0993-22-3149(ファックス) 【地域医療連携室FAX】0993-22-2772

Back to top

Copyright © 2013 National Hospital Organization Ibusuki Medical Center All Rights Reserved.

指宿 菜の花通信(No.40)「田舎医者の流儀(15)・・・お正月」

今年は70回目のお正月だ。あと何回迎えられるか、これから一回一回を大事にしたい。子供の頃、お正月は楽しみだった。おいしいものが食べられ、服の新しいのを買ってもらえた。なによりもお年玉がもらえた。都会にいる叔父さんが帰ってくると、当時の田舎の標準的額より多くもらえるので楽しみであった。それこそ「もういくつ寝るとお正月」という気持であった。お年玉を大事にとっておいて、8月に行われる隣町、枕崎の港祭りに行く事が楽しみであった。

いつの頃か、忘年会をバタバタとすませ、正月を迎えるようになった。特に、医者になってからは日常の忙しさに忙殺され、過ごしてきた。少ない人数で臨床をやっていたので、鹿児島を離れるわけにいかず、家内が子供たちをつれて熊本の実家に帰えるときは、一人ホテルに泊まったこともあった。そんな時、知り合いのホテルの仲居さん達に「また先生は一人ぼっちな」と冷やかされ、お雑煮を食べさせてもらったこともあった。

昭和49年に、我々の循環器グループは二人でスタートした。消化器内科の中で循環器を専門にするといっても、循環器病の患者さんはどこにもいない。循環器病を勉強に行った久留米大学第三内科には循環器病の患者さんであふれていたのにと思いながら思案にくれた。冷静に考えれば、私はその時30歳、医者になって未だ5年、循環器病の研修を2年受けて、それで循環器部門を立ち上げ、私がチーフですと言っていた。患者さんを送ってくださいと言っても世間は30歳の若造医者が何を言っているのだと思っていたのかもしれない、今思えば、そう思われて当然と思う。しかし、ただただ、循環器病の患者さんを何とかしたいと思う「情熱」しかない若造医師には世間の目など、何も見えなかった。

何とか患者さんを確保しなければならない。ある時、胸部の検診で間接フィルムを見ていた先輩Drに「これは心臓が大きいね」と尋ねられた。これが縁になり、この年に撮影されていた約5万枚の間接レントゲンフィルムを見せてもらう事になった。このフィルムを昭和50年の正月休みの間に見た。中心陰影(心臓の影の部分)を見ていくのでスピードは早い、早すぎると眼振が起こって気分が悪くなる。それでもなんとか読み終えて、患者さんに受診して頂くように手紙を書いた。そのうち、100名位が弁膜症、先天性心臓病のため精査が必要であった。

我々の初期の症例はここからのものである。精査の結果手術が必要な方も出てきた。考えてみれば、30歳の若造医師の診断を信じて、よくぞ手術を受けて頂いたものだと思う。しかし、その後40年変わらず私を訪ねて頂く方もいる。ありがたいことだ。

平成25年1月16日

 国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦