独立行政法人国立病院機構指宿医療センター

月アーカイブ: 1月 2014

指宿 菜の花通信(No.50)「田舎医者の流儀(25)・・・縦・横(その1)」

私事ですが、昨年暮れ70歳となった。医学部を出て医者になる迄25年、大学病院で内科、循環器病の勉強で24年、国立南九州中央病院(現在の鹿児島医療センター)で臨床医、管理者として17年、定年退官して5年、今、臨床は週3日総合内科医として指宿医療センターで働き、県庁で初期臨床研修医確保、県医師会で常任理事としての仕事をしている。

当然の事であるが、医者になりたての頃は、内科医としての訓練を受け、そのあと循環器病を専門にするようになった。私が循環器病の勉強を始めた頃、検査手技は心電図のみで、心音図が始まったばかりであった。心臓カテーテル検査も右心、左心カテーテル検査が主で、冠動脈造影は出来なかった。その後、心エコー検査、心筋シンチ、冠動脈造影検査、CT検査、MRI検査など技術革新が続いてきた。

それらの技術を習得することに追われてきた。もちろん一人で全てを極めることは出来ないので、グループのメンバーがそれなりの専門分野を決め勉強をした。我々のグループで出来ないことは国内外の病院に留学して習得、ただひたすら、循環器病の診断と治療を深化させることに専念した。確かな技術を提供しさえすれば患者さんは満足していただけると信じ、技術さえあれば文句なしについてきてくれる、リスクについても受け入れて頂けると考えていた。

医者になって、30余年、病院管理職の端くれとなった。とたんに、医療事故が有り、それの担当をすることになった。本来、私のポジションでは担当になるはずのない事例であったが、どういうわけか上(地方厚生局)の命であるから、お前がやれとのことであった。厄介な事はあいつにやらせろということだったのだろう。

初めて、修錬を重ねた医者の技術で解決できない場に放り込まれた。患者さんの家族との交渉では罵倒されまくった。月に2回はお見舞いに行った。「具合はいかがですか」「見ればわかるだろう。こんなにしたのは、お前たちだ。どう責任を取るのか」、うなだれて下を向くばかりであった。交渉のため、あっちに行き、こっちに行きした。こちらは事故を起こした側なので、相手の指定するところに出向かなければいけない。そして、厳しい声を浴びせられ、疲れ果てて帰る日々だった。

この経験から、ただ、高い技術を提供することのみでは、患者さんに満足していただけない、提供する医療全般に気を配らないといけない事にやっと気付かされた。

平成26年1月8日

 国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦

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指宿 菜の花通信(No.50)「田舎医者の流儀(25)・・・縦・横(その1)」

私事ですが、昨年暮れ70歳となった。医学部を出て医者になる迄25年、大学病院で内科、循環器病の勉強で24年、国立南九州中央病院(現在の鹿児島医療センター)で臨床医、管理者として17年、定年退官して5年、今、臨床は週3日総合内科医として指宿医療センターで働き、県庁で初期臨床研修医確保、県医師会で常任理事としての仕事をしている。

当然の事であるが、医者になりたての頃は、内科医としての訓練を受け、そのあと循環器病を専門にするようになった。私が循環器病の勉強を始めた頃、検査手技は心電図のみで、心音図が始まったばかりであった。心臓カテーテル検査も右心、左心カテーテル検査が主で、冠動脈造影は出来なかった。その後、心エコー検査、心筋シンチ、冠動脈造影検査、CT検査、MRI検査など技術革新が続いてきた。

それらの技術を習得することに追われてきた。もちろん一人で全てを極めることは出来ないので、グループのメンバーがそれなりの専門分野を決め勉強をした。我々のグループで出来ないことは国内外の病院に留学して習得、ただひたすら、循環器病の診断と治療を深化させることに専念した。確かな技術を提供しさえすれば患者さんは満足していただけると信じ、技術さえあれば文句なしについてきてくれる、リスクについても受け入れて頂けると考えていた。

医者になって、30余年、病院管理職の端くれとなった。とたんに、医療事故が有り、それの担当をすることになった。本来、私のポジションでは担当になるはずのない事例であったが、どういうわけか上(地方厚生局)の命であるから、お前がやれとのことであった。厄介な事はあいつにやらせろということだったのだろう。

初めて、修錬を重ねた医者の技術で解決できない場に放り込まれた。患者さんの家族との交渉では罵倒されまくった。月に2回はお見舞いに行った。「具合はいかがですか」「見ればわかるだろう。こんなにしたのは、お前たちだ。どう責任を取るのか」、うなだれて下を向くばかりであった。交渉のため、あっちに行き、こっちに行きした。こちらは事故を起こした側なので、相手の指定するところに出向かなければいけない。そして、厳しい声を浴びせられ、疲れ果てて帰る日々だった。

この経験から、ただ、高い技術を提供することのみでは、患者さんに満足していただけない、提供する医療全般に気を配らないといけない事にやっと気付かされた。

平成26年1月8日

 国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦