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指宿 菜の花 通信(No208) 田舎医者の流儀(183)・・・土を育てる

 20世紀の初め、窒素肥料の化学合成が可能になり、作物の単収が飛躍的に向上、世界の食料生産は急拡大した。それとともに人口も急速に増加した。農業は品種改良、肥料や農薬等、栽培・飼育技術の改善などにより、単位あたりの収量(生産量)の増大や安定化をもたらした。同時に農業機械・施設の開発・改良などにより、単位面積・単位頭数(羽数)あたりの労働時間の節約をもたらした。これらは経営規模の拡大によりその優位性が更に発揮されるようになった。

 農業は大規模経営となり、効率化のため単一作物の栽培が進んできた。更に、最近は遺伝子改変により除草剤耐性、病害虫耐性、貯蔵性増大を目指す作物の開発が進められている。除草剤耐性により例えば代表的除草剤ラウンドアップに耐性を持つ作物が開発され、その除草剤をまいても作物は影響を受けない(通常は除草剤によって作物も枯れてしまう)。しかし、これも万能ではなく、長年使っていると除草剤耐性の雑草が出てくる。現代農業は果てしない自然改変の様相を呈している。

 こうした中で、土の「健康」は失われ、更なる収益を得るために、化学肥料、除草剤使用の増大に追い込まれ、ますます土の本来持つ機能は損なわれていく。際限のない悪循環が形成されている。大型農業機器の導入により、土は掘り返され、ますます土の本来持つ機能は損なわれて行っているという。こういう状況に対して本来土の持つ「健康性」を取り戻そうという試みが行われている。

 米国現役農民ゲイブ・ブラウンは「土を育てる」という本でその方向性と実践を示した。彼は言う。

 「生産者の多くは、耕すことで土は良くなると信じている。これほど事実からかけ離れた考えはないだろう。耕せば、土の団粒構造はたちまち破壊され、水分浸透速度は大幅に低下し有機物の分解が早まるなど、さまざまな影響が生じる。このよけいな介人によって、酸素が地中につぎ込まれ、特定の日和見菌が刺激されてあっという間に増殖し、地中に溶け込んでいる炭素べースの生物的な"糊"を摂取する。このきわめて複雑な天然の糊状物質は、大小さまざまな団粒をまとめる役割を果たしている。これらがなくなってしまうと、沈泥や粘土の粒子が隙間を埋め、土の多孔性が低下する。そうなると土は嫌気状態となって、地中の生物相が変容し、それが今度は病原菌の増加や、脱窒菌の増加による窒素の減少につながる。また、ニ酸化炭素も大気中に放出される。さらに、微生物が死ぬと、地中の水分のなかに硝酸態窒素が放出され、それが雑草の成長をうながす。土を耕すと、菌根菌の複雑なネットワークも損なわれる。菌糸のネットワークが切断されるので、アミノ酸やその他の有機物・無機物が行き渡らなくなる。」

 「化学的に土をかき乱すのもダメージは大きい。大量の化学肥料や除草剤を撒き続けることで、土壌の構造と生態系の働きが破壊されてしまう。植物に水溶性の化学肥料を与えれば、程度の差はあれ、その植物は怠けはじめる。もはやそれまでのように炭素を地中に放出して微生物を引き寄せる必要がなくなるからだ。その結果、有益な微生物や真菌の数が減少する。土壌生物が減少すると、土壌の団粒や隙間が減り、水分浸透速度も下がる。その過程で、窒素を固定するバクテリアの数も著しく減少する。これらすべてが土壤生態系の機能の劣化となって表れる。」

 「除草剤の使用も打撃は大きい。農業のひとつひとつすべてのアクションに複合作用がある。特定の害虫を殺すために殺虫剤を散布すれば、殺虫剤はその虫だけを殺すのではない。ほかのまったく害のない生物や、有益な働きをしてくれるたくさんの虫や生物をも殺してしまぅ。そのことに気づかなければならない。自然は『一時的なストレス』ならやりすごせる。実際、「一時的なストレス」はプラスの作用をもたらすこともある。でも、『慢性的なストレス』―毎年耕す、毎年化学肥料や農薬、殺菌剤を散布するなどーをやりすごすことはできない」

 私は農家に生まれたので、中学生までは家の農業を手伝っていた。作物を植えるときはまず畑をよく耕して、種をまく、苗を植えるのが当たり前と思ってきた。その行為が土の機能を劣化させるなんて考えてもみなかった。大規模農業、単一作物の生産で最先端を行く米国でその方向に疑問を持ち、実践し成果を上げている農業者がいることは驚きだし、その理屈に共鳴する。私の小さな農園でも早速その方向での土育てをしてみたい。楽しみがまた一つ増えたね !!
(参考文献:土をそだてる ゲイブ・ブラウン著 NHK出版)

令和4年8月10日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦