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指宿 菜の花 通信(No231) 田舎医者の流儀(206)・・・「終盤戦 79歳の日記」

 先日、家人と友人のSさんは朝6時に家を出て、大分の九重を往復、その日の夜8時半頃家に帰り着いた。霧島には「タカネフタバラン」、「アオフタバラン」というランがあり、それは二人で確認していたという。それと同系統で「コフタバラン」という新種が九重で見つかったという情報が入り、見に行ったという事らしい。写真を見せてもらったが5mm位の小さな花だ。この二人の山花に掛ける情熱には恐れいる。

 その日、私は残り100ページになったメイ・サートン著「終盤戦 79歳の日記」という本を読んで過ごした。著者メイ・サートンは「前々から、80歳の誕生日に、生まれて79年目の一年間の日記を出したいという思いがあった。日々の歓びやふりかかってくるさまざまな問題、老年になって未知の労苦や驚きへと開かれるいくつもの扉について、静かに淡々と綴る、そんな日記を書いて出版したいと思っていた」という。

 メイ・サートンは作家・詩人である。何冊もの著書がある。彼女はこの年になり、いくつもの健康問題を抱え、苦悶している。「まず第一に心房細動。二つ目は、左肺の胸腔に水がたまって呼吸が苦しいこと(3力月に一回は水を抜かなければならない。)そして三つ目―これが絶望の原因なのだけれど、過敏性腸症候群。このために毎日6時間から8時間もひどい痛みに苦しまなければならない。」「何回か入院もしたが、結局良くならなかった。医学博士というのは慢性の痛みには興味がないのか」と嘆く。

 「医者によれば、心房細動を起こす心臓のほうはかなりいい状態だというのに、いっこうに具合は良くならない。自分が病気でないという感覚はゼロ。前日より確実に具合が良くなったといえる日は、記憶するかぎり一日もあったためしがない。来る日も来る日も、前の日より体が弱って力が出ない。気分が悪かったり、ひどい腹痛があることもしばしば」と言う。

 そんな日々の中でみごとなバラの花束―赤、薄いピンク、濃いピンク、白―が活けてあるのをみつけて喜ぶ。「たくさんの種類のスイセンはいつもハッとするほどの美しさ、なかでも私のお気に入りはクチべニズイセンー別名「キジの目」というーは小型の白いスイセンで、中央に突き出した黄色いカップが濃い紅色で縁取られている」と庭に咲く花々を楽しむ心を持ち合わせている。

 社会的問題にも関心を失わない。「このところのもっぱらの関心はマンデラのこと。昨日は運良く、ちょうど彼が連邦議会で演説している全部聴けて喜んだ。演説から伝わってくる彼の強さ、正真正銘のパワーは驚くべきものだ。マーティン•ルーサー•キング以来といっていい。たしかにキング牧師はすぐれた雄弁家だった。けれどマンデラはつねに揺るぎなく彼自身であり、心の底から正直だ。黒人への暴力が続くかぎり、アパルトヘイトに力で対抗する可能性を放棄するつもりはないとさえ言いきるのだから。そのことに心を大きく揺さぶられる。彼にはここからは絶対に譲れないという固い決意がある。」また当時、ブッシュが仕掛けた湾岸戦争にも現場の兵士に思いを馳せ、心を痛める。そのさなかでブッシュがゴルフをして喜んでいる姿に不快感を示す。

 メイ・サートンが79歳を肉体的・精神的に幾多の困難を抱えながら、日々を懸命に生きる姿に感嘆する。私も79歳を日々・一瞬、一瞬をもっと楽しみながら生きなければと心する。

*参考文献: 終盤戦 79歳の日記 メイ・サートン著 幾島幸子訳 みすず書房

令和5年5月31日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦