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指宿 菜の花 通信(No235) 田舎医者の流儀(210)・・・ヒトだけが老化する

 高校時代の同級生N君が亡くなった。6月中旬息苦しく、かかりつけ医で肺に影がありと言われたと電話があった。7月初め、精査のため専門医のいる病院に入院、胸水もあったようで、呼吸苦が強く、胸水穿刺などを受けたようだ。一度見舞いに行ったが面接時間を過ぎていて会えず、今週位もう一度行かなくては思っていたら、訃報が届いた。N君は学生時代ラグビーをしていて、この年になっても体型もしゃんとして若々しくしていた。健康にも人一倍気を使い、健診も良く受けていた。彼とは2~3ヵ月に一回は食事を共にしていた。健啖家で美味しいものが大好き、お酒も取り寄せて飲むほどの愛飲家であった。入院して2週間慌ただしく旅立って行った、信じられない。79歳の私は同世代の訃報に接することが稀ではなくなった、そんな年齢なのだと自覚している。

 私の年齢になると、よぼよぼ・しょぼしょぼ歩き、認知機能の低下、癌や心筋梗塞、脳卒中などの血管病の発生など老化に伴う事象が起こってくる。子供の産める期間、生殖可能年齢を老いていない期間「非老後期間」と言うのだそうだ。ヒトの場合その年齢は大よそ50歳位で、それ以降は老年になる。ヒトの場合は、死の前に「老いの期間(老後)」がある。ヒトでは老後が30〜40年と非常に長い。しかも、いわゆるヨボヨボな状態—シワが増え、動きが緩慢になり、物忘れがひどくなる--はヒト特有のもので、ヒト以外の生物には殆ど見られない。「老い」は「死」とは違い、全ての生物に共通した絶対的なものではない。

 生物にとって「死」は必然だが、「老化」は必ずしも必然ではない。というよりむしろ、野生の生物には、老化は原則ないか、非常に短い期間しか観察されない。老化する前に食べられてしまうか、老化すると食料が摂れなくなりすぐに死んでしまう。家畜化した犬・猫には老化が見られる。しかしヒトは、これまで築いてきた「社会」により、他の生き物に食べられたり、飢え死にしたりするようなことは少なく、他の生物には見られない長い老後の期間がある。つまり、本来は進化の過程で、長い老化した期間がある生物は選択されてこなかった、生き残ってこられなかったにもかかわらず、ヒトだけが例外的な存在になった。ヒトと同じ大型霊長類であるゴリラとチンパンジーでは大体ヒトと同じ時期に閉経を迎え、子供が産めなくなったらすぐに寿命を迎えて死んでしまい、老後はない。

 歳をとって肝臓や腎臓の調子が悪くなる一つの要因は「老化した細胞の蓄積」によるものという。「老化した細胞」は、DNAの傷などで起こり、通常、そのような老化細胞は死んで分解したり(アポト—シス)、リンパ球に食べられたりして除去される。この排除機構が加齢に伴ってうまく働かなくなり、老化した状態でそのまま肝臓や腎臓などの臓器に留まってしまうことがある。それら「残留老化細胞」は、炎症性サイト力インという物質を出し続ける。炎症性サイト力インは、通常傷ついたりウイルスなどに感染した細胞が、周りの細胞に炎症を起こさせてリンパ球を呼び込んだり、細胞分裂を促して傷を修復し、組織を守る大切な物質です。それを出し続けることによって炎症が長引くと、臓器が正常に機能しなくなり、さらに悪いことに、炎症性サイト力インは、がんの発生頻度も高める、つまり「残留老化細胞」は、かなりの「悪者」なのだ。そこでこの悪役、残留老化細胞をうまいこと取り除けないかという発想になる。一つはP53というアポートシス(細胞死)を引き起こす遺伝子を働かせて、自ら消えてもらう作戦で、この方法は実際にマウスではうまくいっている。もう一つは、老化細胞を積極的に排除する方法があるという。

 平均寿命の延びとともに健康寿命( 健康上の問題で日常生活を制限されることなく生活できる期間)も延びてきたが、その差は若干小さくなっているものの、あまり変わっていない。つまり、寿命が延びても「不健康」期間が相変わらず10年程度((男性9歳 女性12歳 2019年)ある。私の目標は健康寿命を延ばしてピンピンコロリと行きたいところだ。

参考文献:なぜヒトだけが老いるのか 小林武彦著 講談社現代新書

令和5年7月26日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦