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指宿 菜の花 通信(No247) 田舎医者の流儀(222)・・・・庭仕事

 農園の2本の梅が先週頃から白い花を咲かせ始め、小鳥も集まってチ―チ―と泣いている。しだれ梅もピンクの花を咲かせている。種をまいたホウレン草、小松菜の苗もだいぶ成長してきた、植え替えをしながら成長を見守っている。野菜として収穫出来る日が楽しみだ。3本植えているブロッコリーも実を付けてきた、収穫できるまで見守ろう。春の息吹なのだろうがまだまだ寒い、小山田は今週火曜日、終日みぞれが舞った。

 お正月以降、「庭仕事の神髄」という本を読んだ。著者はS・S・スミスという女性精神科医。著者は自分の庭の話をし、様々な歴史的研究の成果、理論的根拠づけ、治療のためのガーデンでのインタビューや臨床研究を紹介する。「植物は人間よりもはるかに折り合いがよく、威圧的ではない。植物と働くことを通じて、私たちは命を育みたいという衝動を再び持てるようになる。庭にいる時、外部の騒音レベルは下がり、自分に関する他人の考えや判断から逃れることが可能となり、したがって、自分自身についてもっと気楽に良い感情を持てるようになるのだ。」

 「ここ数10年の間に発表された研究によると、ガーデニングは気分と自己肯定感を押し上げ、抑うつ状態と不安を緩和するという。デンマークの研究者グループはストレス障害と診断された患者を二つの別グループに分け、一方のグループは実績のある認知行動療法10週問コースが割り当てられ、もう一方にはガーデニングプログラムを同じ時間行うというものだ。10週間のガーデニング、1週間に数時間というのはそれほど長い時問ではないのだが、この短期間でも、ガーデニングは認知療法と同等の治療効果を示した(2018年「ブリティッシュジャーナルオブサイカイアトリイ」誌に掲載された)。このことはガーデニングが医学の主流から信頼性を得たことを示している。

 「屋外で過ごす最も基本的な利点といえば、日の光に当たることだ。光が栄養の一つの形だと私たちは忘れがちだ。私たちの体は皮膚の表面で太陽光線を受けてビタミンDを生成し、太陽光線の中の青色光は睡眠と覚醒のサイクルを決定し、脳内でのセロトニンの製造量を規制する。セロトニンは幸福感の背景にあって、気分を制御し、共感を促進させる。また人間がどう考え、反応するかに対して重要な影響力を持っている。セロトニンには人間の攻撃性を減退させ、客観的思考をするように仕向け、衝動的にならないようにさせる効果がある。PTSDには悪循環を起こすセロトニンシステムの機能障害が含まれるという研究成果が発表されている。セロトニンが十分でない時、扁桃体の活性化の閾値は低くなり、その結果、ストレス反応はますます誘発されやすくなる。」

 「進化の時間で見れば、人間が建物の密集した大都布で暮らすようになったのはごく短期間で、わずか6世代かそこらのことだ。それに対して、環境科学者ジユールス.プリティーは、35万世代にわたって人間は自然と密接な環境で暮らしてきたと算出している。都会に暮らすことの弊害の多くはこの根本的な不適合から生じている。人間の脳は自然の世界の中で進化してきた。それなのに、今日人々が暮らす反自然的な都市環境でも、当然脳は最適に機能するものだと人間は期待している。

 「森林に暮らしていた人間は雷が落ちて焼かれた土地に、新しい植物の柔らかい新芽が生じてくる姿を自分の目で見たことだろう。自然が最初の「庭」をつくり出し、それによって手本ができる。天然の森のガーデニングが確立するにつれて、水を引いたり、雑草を抜いたり、肥料をやったり、若木を移植するなどの、別のやり方で人間は環境に影響を与えるようになった。農耕する(caltivate)とは野生を飼いならしまわりの環境を変えて、生活を豊かにするということだ。ここから文化が始まったともいえよう。「文化culture」という語は土地を耕し、植物を栽培するところからきているのだ。」

 「庭仕事は繰り返しの多いタイプの活動だ。参加者はそこからリズム感に気づくことができるようになる。ここまでくると、心と身体と環境が一緒になって調和を持って機能するようになる。「フロー状態」〔ある活動に完全に没頭し集中できる心理的状態〕に入ると、いくつかのレベルで、心身を大きく回復させる力が発揮される。副交感神経の機能を強化し、脳の健康を増進させる。エンドルフィンやセロトニン、ドーパミンといった、あらゆる種類の抗うつ性の神経伝達物質のレべルが上昇し、同時にBDNF(脳由来神経栄養因子)のレベルも上がる。これらが統合されると楽しい気分の、リラックスした状態での集中ができるようになる。」

 植物は我々を一切攻撃しない。植物と接し、育てることは人を穏やかにする。今年も農園での作業に精出して暮らそうと思う。

(参考文献:庭仕事の神髄 スー・スチュアート・スミス 著 筑紫書館)

令和6年1月24日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦