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指宿 菜の花通信(No.10)「定年人生・・・2年生」

定年退職し、非常勤医師として当院勤務を始めて1年が経った。朝6:00時に家を出て、6:20のJRに乗る、指宿まで1時間10分の通勤である。JR指宿線は通勤・通学のお客で結構込んでいる。車掌さんが「混み合いますので、中ほどへお詰め願います」と言っても通学生があまり反応しない、これも最近の風潮かと眺めている。この線は大雨が降るとすぐ運休になる、それらしい場合は早めにバスに乗るようにしている。ただ閉口するのは時間が倍かかる事だ。

又、昔からこの線はどういうわけか飛び込み事故が多い。朝の通勤時にこの1年間で1回遭遇した。事故処理に時間がかかるので、指宿に着いたのは3時間後であった。いろいろあるが、この時間は誰にも邪魔されず、本を読んだり、考え事をしたり、うたた寝も出来る至福の時間でもある。寝過して終点の山川駅まで行ったことも2回あった。

病院に着いて、まずコーヒーを沸して飲む、この習慣は今までと変わらない。その後、総合内科医としての外来診療が始まる。高血圧、心筋梗塞など循環器系の患者さんも診るが、総合内科なので風邪、健康診断、人間ドッグ説明など何でも診る。診断出来ない患者さんも少なくない。足底に庇疹があり、痛みが酷いと訴える患者さんがみえた。

良く判らず近くの皮膚科の先生に診て頂いたところ、「帯状疱疹」の診断であった。そんな部位にも帯状疱疹が起こるのかと勉強させられた。総合内科といっても風邪や診断書の患者さんばかりが続くと、医師としての技量の高さを問われないのでストレスがたまる。若い医師が総合内科医を目指すのが一つのトレンドになっているが、循環器、消化器、呼吸器など専門医がいない分野だけみるとなると、なんだか医師としての技量の高さを発揮出来にくい患者さんだけまわってくることになる、そうなると、総合内科医のやる気が削がれそうな気がする。病院の中での総合内科の位置づけを明確にしないといけないように思う。

今まで、私は大学病院で24年間、鹿児島医療センターで17年間診療し、今回初めて、いわゆる「地方の病院」で診療をすることになった。今までは、循環器専門医として、心臓だけを修繕をして、それ以外のところはどうぞ他でやってくださいという立場であった。都市部のセンター的な専門病院ではそれで役割が果たせた。しかし、指宿病院では認知症のひどい方のペースメーカー治療や脳梗塞で動けず、対話も出来ない方の心不全の治療をどうするかという問題にぶつかる。医療と介護が一体で切り離せない現実の中にいる。介護は出来るだけ自宅でと云われるが、そう簡単ではない。

地域の中で急性期医療から介護まで連続線上で考え、どういう医療、介護を提供出来るのか、行政、医師会、地域の基幹病院が率直に話し合い、地域の医療計画を作っていくべきではなかろうかと考える。

平成22年6月25日

 国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦