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指宿 菜の花 通信(No206) 田舎医者の流儀(181)・・・普通の人の老後

 書店で「87歳、古い団地で愉しむひとりの暮らし」(多良美智子著 すばる舎)という本が目についた。読んでみた。「普通の人」が老後を愉しく暮らす様が淡々と描かれていた。

 「私は今87歳、築55年の古い団地でひとり暮らしをしています。以前は家族5人で暮らしていましたが、娘1人と息子2人はそれぞれ独立し、7年前に夫を亡くしました。
長崎で8人きょうだいの7番目として生まれ、小学5年生のときに被爆しました。幸い、病気になることもなく成長し、会社勤めを経て、27歳で結婚。夫には亡くなった前妻との間に10歳の娘がいました。結婚後は主婦として家のことを担い、子育てが一段落してからは習い事やボランティアをしたり、パートで働いたりして過ごしてきました。」

 そんな普通のおばあちゃんが2020年(85歳時)当時中学生だった孫と「Earthおばあチャンネル」というYouTubeの番組を始めた。ひとり暮らしの日常をアップしていたが、多くの人が見てくれて本にしませんかと言われた。「87年間生きてきたご褒美ね」と考え本にすることにしたという。

 「毎晚、寝るときに、一番幸せを感じます。今日も1日元気に過ごせて、雨露をしのげる家があって、ぬくぬくと寝られるベッドがあって、本当にありがたいと思います。
たしかに年はとりました。昨年は2回も転び、大きなケガをしました。そんなことは今までなかったので、ショックでした。大きな掃除機が重くなり、使いこなせなくなりました。食べることが大好きなのに、食が細くなって、たくさん食ベられなくなりました。
日々少しずつ、当たり前にできていたことができなくなっているのを実感します。でも、それは仕方のないこと。できないことはあきらめます。そして、まだできることを楽しめばいいのです。」私が日常感じているそのものです、おおいに共感する 。

 「子どもたちが結婚してからは、こちらから口出しすることはありません とくに息子2人は、『お嫁さんにあげた』と思いました。孫はかわいいけれど、こちらから連絡することはなく、子どもの側から『運動会だから見に来る?』と呼んでくれたときは、喜んで行っていました。お友達との付き合いと同様に、家族とも深入りはしません。もちろん、困ったときは、お互いに助け合おうとは言っています。」 この距離感がいいね !!

 「夫も亡くなり、ひとりの暮らしです。お金は節約しなくちゃと思い、年金の中で生活するようにしてきました。貯金には手を出しませんでした。でも80代も半ばを過ぎ、近頃はむしろ『お金を使わなくちゃ』と思うようになりました。あの世にお金を持っていくことはできません。きっちり使って死にたい。生きているうちに、もっと楽しまなければ。残すのは葬式代だけで十分。そんなふうに考えるようになっています。」これにもおおいに共感、いいね !

 「普通の人」が老いに向き合いながら、生き生きと暮らしている様子が見て取れる。なにしろ、著者は健康に恵まれ、その努力をされてきたことがこの生活を支えている。その長い努力も素晴らしい。

 

令和4年7月20日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦