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指宿 菜の花 通信(No213) 田舎医者の流儀(188)・・・アメリカとカースト制度

 今年読んだ社会科学系系統の書籍で、最も啓発された本は「カースト・・・アメリカに渦巻く不満の根源」イザベル・ウィルカーソン著であった。私はそもそもアメリカについて豊富な知識があったわけではない。しかし、「トランプを大統領に選び」「相も変わらずの黒人への差別的扱い」など理解に苦しむことが多かった。私はこの本でアメリカ社会に潜むカースト制度というものを始めて知った。この理解こそがアメリカ社会を理解する根底になるように思われる。

 著者は人類学者が行った膨大な調査研究をもとにアメリカ社会がカーストに支配されているとし、その理解なしにはアメリカの現実を評価できないとした。「レイシズム(人種主義)とカースト主義との違いは何だろうか? アメリカではカーストと人種が絡み合っているので、二つを区別すのは難しい場合がある。人種という社会構成に基づいてばかにし、痛めつけ、決めてかかり、劣っていると見なしたり固定観念を持って見たりする行為や制度は、レイシズムと考えることができる。ある人を制限し、引き留め、規定された序列に入れておこうとする、その人が属していると区分に基づいて高く評価したり貶めたりしようとする行為や構造は、カースト主義と見なすことができる。」

 アメリカはそのレイシズムとカースト主義の結びつきが社会行動を規定している。現在の黒人に対する理不尽な暴力もそれなしには語れない。250年続いた奴隷制度を支えたのは、底知れぬ暴力であったという。些細なことでむち打ちの刑が横行し、それは死に至る刑罰であった。その黒人への暴力主義は奴隷制度が廃止されてもなお続き、今の警官にも引き継がれている。黒人への刑罰は些細な犯罪でも過酷となり、白人とは明らかに違う現状がある。日常の生活、レストランでの食事、飛行機への搭乗、日常会話などの隅々にカーストが現れる。著者はその差別的実態を明らかにしている。

 2016年のアメリカ大統領選で民主党のクリントン元国務長官を破ってトランプが当選した。この時、私はまさかアメリカ国民がトランプを選ぶことはなかろうと思っていた。日本で有名な評論家がトランプ当選もあり得ると言っていたのに対して「あり得ないだろう」と思っていた。

 ところがこの本の著者は『「みんな状況をよく見ていない」「わたしはあの人が勝つ可能性があると思う」まだ時期が早く、予備選挙も始まっていなかった。わたしは誰がどう見ても政治畑の人間ではなかったが、力—スト制度のことなら知っていた。力—ストはアメリカの日常のすべてを説明するものではないが、アメリカの日常のどの面もカーストと、組み込まれたヒエラルキーを考慮に入れなければ十分に理解することはできない。政治分析家や左派寄りの観測筋の多くは、トランプの勝利は不可能だと考え、2016年の大統領選挙の結果に不意打ちを食らった。それは一つには、かれらがアメリカの日常や政治における永続的な変数としての力—ストがどれほど確実で手堅いものかを計算に入れなかったことがあった。』という。

 アメリカでも民主党寄りで反トランプと考えられる知識人が客観的にアメリカの現状を分析し、「トランプ当選」を予測していたとは驚きだ。次回はトランプ当選に至った要因を紹介する。

 

令和4年10月14日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦