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指宿 菜の花 通信(No214) 田舎医者の流儀(189)・・・トランプの当選

 前回の菜の花通信(No213)で「カースト アメリカに渦巻く不満の根源(イザベル・ウィルカーソン著)」を紹介した。その中でトランプが支持された理由が解説されている。

 「リベラル派の解釈は、労働者階級の白人が自分たちの利益に反する投票行動をとって右派の富豪たちを支持してきたというものだったが、この考え方は、その人たちの動かす政治力やカースト重視の信念を過小評価している。実際には、多くの有権者は自分の置かれた状況を見極め、目の前の短期的な利益ではなく、支配カーストとしての地位の維持と自分たちの生存という、かれらの観点からのより大きな目的のほうに目を向けた。・・・歴史的にアメリカを支配してきたカーストの一員として当然のように受けていた利益を守るためなら、今は医療保険を失いホワイトハウスが不安定になり、政府が閉鎖され、遠くの国から脅かされるなどの危険を冒しても構わなかったのである。」

 「2015年の末、プリンストン大学の経済学者二人が、『中年の白人アメリカ人、特に学歴の低い中年白人アメリカ人の死亡率が1950年以来初めて上昇した』という驚くべき調査結果を明らかにした。中年白人の死亡率上昇は、アメリカのほかのすべての民族集団が示す傾向とは反対だった。歴史的に周縁化されてきた黒人やラテン系アメリカ人でさえも、調査対象となった1958年から2013年のあいだの死亡率は下がっていた。白人の死亡率上昇は、アメリカ以外の西洋世界で優勢な傾向にも逆らっていた。」

 「この重要な調査を行なったアンケースとノーベル賞受賞者のアンガス・ディートンによれば、21世紀に入る直前から、45歳から54歳までの中年の白人アメリカ人の死亡率が上がり始めた。特に、もっとも学歴の低い人たちが自殺、薬物の過剰摂取、過度の飲酒による肝臓病などで亡くなっていた。著者二人が『絶望死』と呼ぶこの現象によって、調査期間中に約50万人の白人アメリカ人が亡くなっていた。」

 「どう説明できるのだろうか?ケースらは、『1970年代以降、ブルーカラー労働者の実質賃金が停滞して経済的不安定につながり、それまでの世代ほど裕福でない世代が生まれた』と述べたが、同様の停滞はほかの欧米諸国でも起きたことを認めた。賃金停滞と貧弱なセーフティーネッ卜に影譬されるのは白人アメリカ人だけではないはずである。黒人の死亡率は歴史的にそれ以外の集団の死亡率よりも高かったが、それでも毎年下がっていた。絶望による死亡者が増えていたのは中年の白人アメリカ人だった。」

 「カーストの観点から見ると、これらはアメリカの支配カーストのなかでもっとも貧しく、もっとも立場が危うい人たちである。これらの人たちは何世代にもわたりヒエラルキー内の地位を約束され、そこから生じる利益を当然得られるものと考えることができた。しかし、人口構成の変化や労働組合の弱体化の余波、地位を失ったという認識、世の中での居場所についての懸念、父親が頼ることのできた安定が、人生の最高潮であるはずの時期に消えつつあるかもしれないことへの恨みをわたしたちは過小評価している可能性がある。太平洋やリオグランデ川の向こうからの移民が増え、黒人が大統領にまでなったことで、多くの人にとっての世界がひっくり返ってしまった。そのなかには、2008年以降の『わが国を取り戻そう』や2016年の『アメリカをふたたび偉大に』といった呼びかけに特に影響を受けやすかった人がいた可能性もある。」

 更に「オバマが当選すると、共和党は選挙関連法の改正を始め、投票するのをより難しくした。連邦最高裁が投票権法の一部を無効にし、選挙について連邦政府が州を監督できないようにすると、この動きはいっそう活発になった。マイノリティによる投票を妨害してきた歴史のある州が、連邦政府の監督はもはや必要でないと主張したのが認められたのだった。」

 「2014年から16年までに、複数の州で1600万近くの有権者が有権者登録名簿から削除された。ブレナン司法センターによれば、こうした登録抹消の動きはオバマ政権の末期に加速した。複数の州で新たに有権者身分証明書(ID)法が制定されると同時に、投票するために新たに必要になった身分証明書の取得を難しくする障壁が増えた。総合すると、このような措置は全体として周縁化された人びとや移民の投票参加を減らす効果を持った。どちらも民主党に投票する可能性が高いと見なされる。」

 「『ある論文によれば、マイノリティの直近の投票率が上がっていた場合』と評論家のジョナサンシエイトは書いた。『その州で投票を制限する法律が制定される可能性がはるかに高いことがわかった。』」

 トランプ大統領が出現したのはオバマが大統領になったからだとも云える。「最下層」の黒人が最上位のポジションに就いた。どんなに貧しかろうと黒人を見下し、上位にいると信じてきた白人はこの現実を許せなかった。トランプには岩盤支持層と言われる熱狂的支持基盤がある。彼がどんな不合理な政策を推進しようと、白人が上だと示してくれさえすれば良いのだ。そのためにはトランプのフェイクだらけの言動も支持される。

 

令和4年10月19日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦