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指宿 菜の花 通信(No217) 田舎医者の流儀(192)・・・札幌

 先週札幌に行ってきた。3年ぶりに孫(10歳)に会うためであったが、東京在住の娘夫婦も来てくれて受賞のお祝いもしてもらった。コロナがまた流行りだしたので一抹の不安はあったが2泊3日の旅行を無事に終え帰り着いた。

 人の多さにびっくりした。福岡まで新幹線で行き、福岡から新千歳空港行の便に乗った。福岡空港に余裕をもって到着したが出発ゲートに入るのに長蛇の列でびっくりした。飛行機も満席であった。空港まで息子嫁と孫が来てくれて車で札幌に向かった。道中、山には雪が見られたが道端は未だ雪は見られなかった。樹々は紅葉も過ぎて落葉し、白い幹が目立った。

 夜、息子夫婦に孫、娘夫婦、それに我々3家族で食事をした。娘は4年前結婚したがそれからコロナが流行りだし会うこともままならなかった。一緒に食事するのは結婚式以来であった。仲良く暮らしているようなので何よりである。孫はスキーが好きで得意らしく、シーズンの到来を楽しみにしている。お勉強も大事だが、体を鍛えることはもっと大事。スキーで体を丈夫になってくれたら嬉しい。体も大きくなりおばあちゃんより大きくなっていた。今度会うときは僕より大きくなっていそうだ。

 翌日、息子嫁のお父さんが今年亡くなっていたので、墓参りに連れて行ってもらった。札幌を一望する高台に眠っておられた。嫁の話ではこの周辺は熊が出没するそうだ。そこから、小樽の方に降り立った。小樽も人人で賑わっていた、コロナが流行しているというのに大層な人出であった。お昼、てんぷらの店で食事して札幌に帰り着いた。

 夜はお肉を食べようと息子夫婦、孫と食事した。娘夫婦はジンギスカンが食べたいとのことで別行動となった。こちらは糖尿を気にしながら食事をしたが、おいしいものが多かったので少々食べすぎたかな。帰ったら調節しなくちゃ。

 帰って、家の鍵が見当たらない事に気づいた。どこを探しても見当たらない。帰り荷物を宅急便で送ったので、そこに入れ込んだかなと思って待った。幸い荷物が届いたらそこに紛れ込んでいてひと騒動は決着した。年取ると嫌だね、こんなことが起こるから。

 来月で79歳になる。残り人生も少なくなってきた。今回みたいな事が出来るのもそう多くないだろう。孫が小学5年生だから、大学に行くまではしぶとく生きて、見定めたいものだ。

 

令和4年11月25日

国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦