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指宿 菜の花通信(No.6)「声がでかくなりました」

研修医一年生S先生が医師になって10ヶ月、当院での研修4ヶ月を終えることになった。彼女の感想は「声がでかくなりました」でした。当院は地方の病院、高齢者の入院患者が多い、彼女は循環器内科30数名の入院患者さんを指導医とともに担当していた。ラウンドするだけで小一時間はかかる。そこで手際良く、患者さんの状態を把握していくには大きな声にならざるをえなかったようだ。

彼女は当院で、まず産科研修、カイザーにも多く立ち会い、産科医師は一人しかいないので、多くのことをしなければならなかった。小児科ではちょうどインフルエンザの時期で、外来・入院ともに忙しい時期、赤ちゃんの採血に苦労した。循環器内科では、救急搬送された心肺停止の患者さんの初期対応に一人で立ち向かい(もちろん指導医もすぐ駆けつける)、一時ペーシング、中心静脈確保などの手技を習得していった。私にはこの研修医の女医さんがだんだん「医者らしい顔つき」に変化したように思える。

鹿児島県の初期臨床研修医はこの制度が発足した平成16年105名いたが、昨年(平成21年)は55名と殆ど半減してしまった。原因は複合的であろう。私どもが医師になった40年前は本県出身の者は当然の如く、鹿児島大学病院で研修して、一人前の医師になる道を選んだ。それが新臨床研修制度では都会の大病院が魅力的(?)なプログラムと好条件を提示、勧誘するので選択肢が増えてきた。2年間位は他所に行って、勉強したい気持ちも理解できる。

しかし、鹿児島での研修が県外病院での研修に劣っているわけではない。鹿児島大学病院をはじめ県内の研修病院は「熱いハートの医師」を育てる熱気に満ちている。現に、我々の周りで研修している医師は逞しく成長している。

県外での研修では「研修医」の間は大事にされる、しかし、その後は十分面倒見てくれるわけではない。医療現場は「医療事故」など厳しい現実に満ちている。そうした事態が起こったら、十分なサポートが必要だ、我々にはそれを十分に行ってきた実績がある。「自己責任」のみで強く生き抜いて行くのも良いが、覚悟が求められる。県内に基盤を置きながら、国内外の病院に研修・研究に行く道も十分保障されている。一人前の医師として成長する道筋を目の前の事のみでなく、長期戦略の中で考えて欲しいと思う。

平成22年2月2日

 国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦