ホーム » 指宿 菜の花通信(No.7)「おだやかな関係」

指宿 菜の花通信(No.7)「おだやかな関係」

指宿病院で診療を始めて1年近くになった。何よりも感じるのは、患者さんと医師との関係が「おだやか」である事だ。70歳過ぎのご婦人が診察にみえた。ご主人は介護を要する状態で自分が元気にしていなければと言われる。その方は冠動脈3本のうち1本が完全に閉塞し、あと2本は冠動脈形成術を受け、ステントが挿入されている。その部分が詰まってしまったら「お終いだ」と気にされている。

再発を予防するために行っている薬物療法などを説明し、必要な予防策を講じているので「心配し過ぎないでください」とお話した。又、冗談ぽく「いつお迎えが来るかは誰にも判らないですよ」とも言った。帰り際、にこやかな顔をされて「今日は気分が晴れた」と帰られた。なんの変哲もない、当り前の患者さんと医師のおだやかな会話であり、関係である。

医療現場は平成13年の患者取り違え、注射間違い事故などを契機に国民の医療不信が高まり、その対応に追われた。我々は「人は間違いを起こす」ものだという前提で、システムの改善に力を入れ、間違いを起こさないための教育にも取り組んできた。専任リスクマネージャー、教育担当専任看護師長の任命、医療安全委員会の定期的開催、感染症対策の専門家の養成など様々の事に取り組んできた。それなりに、医療の安全対策は進んだと思う。

しかし、これらの対策は医師や看護師を増やして対応したわけでもなく、経済的負担も何ら保障もされず、現場に押しつけられた。患者さんへの承諾文書の増加、説明時間の延長など医療現場は更に忙しくなっていった。

更に、医療不信を背景にして、モンスター患者、家族が増えていった。十分な説明をしながら、検査・治療を進めても、結果が良くないと「聞いていなかった」と聞くに堪えない「悪口雑言」を浴びせ掛けられ、あまりにひどい状況に警察を呼んだ事もあった。その中で主治医は疲弊し、ついにはそこから「立ち去り」、「医療崩壊」と云われる状況が作り出されて行った。急患があり、そちらを優先しなければならないこともある。すると、予約の時間が過ぎていると外来看護師は罵倒される事も少なくない。

我が日本の現代社会は、いつの間にかお互いを思いやる「寛容さ」を失って来たようだ。だが、指宿にはその寛容さが残っており、患者さんとの関係がおだやかである。私が医師になった40年前の古き、良き関係が残っている。「都会の診療」で疲れた医師・看護師はここで働いて欲しいと思うこの頃だ。

平成22年3月9日

 国立病院機構指宿医療センター 総合内科
 中 村 一 彦